失うことのできないライフラインが抱える構造的な課題。
提案力と、お客様側視点からの発想で、それを乗り越える。

Prologue

技術者として水道機工に入社し、その後営業に異動したI。2014年から着手した、ある案件ではプロジェクトリーダーを務めた。この案件は、各自治体の水道行政の変化と、水道機工という会社の事業推進のありようの進化を指し示すものとなる。

Chapter 1

Iは、1997年入社。技術職として、社会人のキャリアをスタートさせた。以来5年の間、様々な案件を手掛けて形にし、経験や知識を蓄積していった。水道機工という会社のありよう、その事業、自分自身が取り組んできた仕事に、不満があったわけではなかった。
しかし、Iは技術者として5年目を迎えると、心にある願望を抱くようになった。6年目のキャリアが近づいたタイミングになると、その願望は具体的な行動をIに起こさせるほど、強く大きくなっていた。

“もっと、お客様のニーズに近いところで仕事がしたい”、“もっと、いろいろな仕事にチャレンジしてみたい”。具体的には、営業部への異動を希望していた。その意志は、I本人の申告により上司の知るところとなった。検討の結果、Iの希望は叶い、翌年度からの営業部への異動が、年度末にIへ内示された。

「わかっていると思うが、片道切符になるぞ。」Iを送り出すことになった上司は、Iという優秀な技術者を失う残念さを、そんな言葉で表した。もとより、Iの方も“ちょっと営業を経験しておこうか”くらいの軽い気持ちで、今回の意志表示をしたつもりはなかった。“技術を経験してきたからこそ、提案できることがある、獲得できる案件がある”。そんな、前向きな想いを胸に、Iは上司の言葉を受け止め、頷いたのだった。

以来2年間、国内で営業職に従事。その後、サウジアラビアの現地法人(合弁会社)へ出向し、海水の淡水化プラントや排水再利用プラント建設事業など、彼の地の国家的プロジェクト等を経験。5年の月日を中東で過ごした後、Iには帰国そして営業統括課への異動が指示された。

Chapter 2

九州の南部に位置する自治体・A市。市民の水がめであるB浄水場に、施設および浄水設備一式のリニューアル予定があることは、先んじて公表されていた公告情報によって水道機工営業部も把握していた。

2014年5月には、水道機工として当案件への入札参加を決定した。これまで一般的に行われてきた各自治体水道局からの発注は、水道局が水処理施設に求める条件を、自治体内の担当技術者が水質・処理水量・処理方法などの細かい点にわたり書面で開示、その条件に対して各業者が応札し、最低価格の業者が受注する、という流れで行われていた。しかし、A市のケースは少し違い、水道局からの要求は比較的大ぐくりな条件にとどめられており、応札する業者がそれぞれの得意分野を活かせる自由度のあるものであった。そこには、A市水道局が応札する各社のノウハウや技術力に対する期待が表れてもいただろうが、それとは別の事情もあった。

自治体の水道事業経営は、国などからの補助金もあるが、市民が支払う水道料金が支えている。だから、全国的な少子化傾向、そして人口が漸減している地方自治体にとって持続的に健全な経営を行うことが大きな課題となっている。そこで、水道インフラ関連に関する設備投資も効率的に行う必要があるため、各業者の工夫にゆだねるデザインビルドという発注形態が増えつつあるのだ。A市のスタイルも、そのあたりの事情が影響していると言ってよい。

営業統括課のIが、当プロジェクトのリーダーを担うことが決まったのは、2014年の秋ごろ。海外経験を含む、独特なキャリアを積んでいたIに白羽の矢が立ったことには理由がある。

今回のプロジェクトは、A市からの要望を満たすため、そしてコスト面等を考慮した結果、水道機工以外の会社と組んでプロジェクトを進める「コンソーシアム形式」が選択されることとなった。技術に精通しており、社外との協業経験のあるIが、適任と判断されたのだ。しかし、水道機工において、デザインビルドと呼ばれるほぼ設備一式を更新する規模の案件でコンソーシアム形式を採るのは数例しかなかった。この点が、当案件の課題のひとつであった。

課題はまだある。B浄水場は、現役の設備として現在も市民の生活のために稼働中であり、リニューアル工事が始まったとしても止めるわけにいかない設備である。つまり、B浄水場の稼働を継続したまま、スムーズに新設備に切り替えていかなければいけない。また、新設備は別の場所に築くわけではなく、やや拡大などはあるものの、同じ敷地内で移行を実現しなければならなかった。

ともあれIは、水道機工内で選出された、他3名の先頭に立ち、まずはコンソーシアムに参加する他社メンバーとコミュニケーションを積み重ねることをはじめた。どんな設備をつくるのかの“コンセプト”をすり合わせることはもちろん、人間関係を築いて互いに協力し合う雰囲気をつくることも、大事と考えたからだ。

Chapter 3

Iは並行して、A市側からの情報入手にも努めた。市が公開している情報、例えば水道の事業運営のビジョンなどは、ホームページなどを調べればわかる。そうした情報のほか、関連する自治体に営業を行ったことのある社内の営業担当や過去に工事を行ったことのある設計・工事担当などにも話を聞いた。情報を総合すると、市民のライフラインとして災害時でも給水可能な強靭性や施工中も安定給水を継続したいことなどが読み取れた。

コンソーシアム参加企業との、意見交換およびそれぞれの企業が担当する領域に関して、構想している提案や導入を検討している技術などもチェックした。ある企業は、性能・機能は非常に高いものの、コストがかかる技術の投入を主張した。Iは、その製品は先方の要望を考えると過剰だと感じた。A市への提案内容のすべては、技術やコスト、安全性など様々な指標において数値化され、評価される。だから、評価数値に関係ない技術や性能は、コストや提案全体のバランスに、悪影響を及ぼす。『その案で、点数は取れるのか?』これをプロジェクトに問いかけ続けることで、参加企業の視点が揃ってくるのを、Iは感じていた。総勢で20人にものぼる参加者の視点を揃えていくのは、プロジェクトの主導的な役割を担うことに決まった水道機工、そのリーダーであるIの重要な使命だった。

かくして、2014年末には提案のグランドデザインは決まった。翌年からは、浄水システムの具体的な技術や方式の図面化、使用する装置などの設計など、具体的な提案内容がつくられていった。水道機工としての提案の目玉は、処理能力を向上させる製品の導入だった。浄水処理のプロセスにおいて、薬剤の投入量を最適化させるシステム等を導入することで通常よりも水質変動に強いシステムとした。

2015年夏には、提案の全容が見えてきた。しかし、Iはその内容に、不安を感じていた。しかし、それが何に対するものなのか、答えはIにも見つからない。思いついて、水道機工の顧問の意見を仰いだ。第三者からの視点に、期待をしてのことだ。

顧問の助言で、Iは目の前にかかっていた霧が晴れるような心もちになった。
顧問は、お客様視点でプロジェクトを見つめ直す必要性を助言してくれた。
例えば、設備・装置への耐震設計の実施。Iをはじめプロジェクト参加者は、それぞれの領域の専門家として、耐震性に配慮した案を出してはいた。装置についての細かいことも、充分に考えていた。しかし、提案を受けるお客様側には、もちろん浄水に通じた技術者もいるが、専門外の方もいるのだ。そういう方にも、「耐震性」の実現に際し、どのような対処が必要かをわかりやすく伝える必要がある。確かに、ちょっとかけていた視点だったかもしれない。

顧問からの指摘を契機に、Iの中で「案件受託のために、やれることはすべてやっておこう」という気持ちが生まれた。
提案の日を1か月前に控えた夏のある日、Iはプレゼンテーション技術に磨きをかけた。

Epilogue

プレゼンの結果、水道機工コンソーシアムは、コスト面・技術面で他チームを上回り、プレゼンテーションでは大きな差をつけて、案件を受託することに成功した。デザインビルド案件におけるコンソーシアム形式での取り組みは、膜ろ過設備はあったものの凝集沈澱方式のプラントでは社内初の事例となる。この案件を成功させることで、国内の同タイプの既設プラントへの営業が加速するだろう。

人口が漸減傾向にあることが、各自治体の水道事業に対する課題となっていることは既に述べた。その選択肢としてデザインビルドでの発注があり、この発注方式こそ、沈澱、ろ過、薬注、排水に数多くの施工実績を持つ水道機工の技術力がより発揮できるため、お客様における水道機工への期待の高まりにつながるだろう。